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横須賀に軍港資料館を作る市民の会

2016年2月13日(土)14時〜 第1回横須賀開国検定を開催します!

 

新ホームページ開設のお知らせ 

新ホームページ

https://yokosukagunkou.jimdofree.com/%E6%A8%AA%E9%A0%88%E8%B3%80%E3%81%AB%E8%BB%8D%E6%B8%AF%E8%B3%87%E6%96%99%E9%A4%A8%E3%82%92%E4%BD%9C%E3%82%8B%E4%BC%9A/
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第1回横須賀開国検定 受験者募集 


昨年末に発表しました

第1回横須賀開国検定ですが、

まだまだ受験者募集しています!

皆様ふるってご受験ください!

申し込みは、

gunkoushiryoukan@gmail.com

まで、

氏名/年代/住所をご明記の上、

ご連絡ください。


20151213開国検定チラシ_ページ_1
20151213開国検定チラシ_ページ_2

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第1回横須賀開国検定の開催 

来年2月13日(土)14時〜 ヴェルクよこすか
第1回横須賀開国検定を開催します!!


出題範囲は「ペリー来航から横須賀市が誕生するまでの50数年間」、四択マークシート方式50問(試験時間60分)
成績優秀者には素敵な景品をプレゼント!

歴史好きな方も、これを機に改めて勉強してみようかなという方も、
皆様のご受検お待ちしています!

◆【申込先】Eメール  gunkoushiryoukan@gmail.com
◆ 往復ハガキ 〒239-0824 横須賀市西浦賀2-1-3

◆ 氏名、年代、住所をご明記の上、事務局までお申し込みください。

詳しくはチラシをご覧ください。


20151213開国検定チラシ_ページ_1

20151213開国検定チラシ_ページ_2

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ブログ更新再開のご報告 


ご無沙汰しております。
「横須賀に軍港資料館を作る市民の会」事務局です。

長らく更新が滞っており申し訳ありません。
このたびFC2ブログの更新を再開することになりましたので、お知らせ致します。

また、過去のイベント情報等も、少しずつ載せていく予定ですので、
ご覧いただけたら幸いです。

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大和ミュージアム 元統括  相原謙治氏 講演会 


5月9日、産業交流プラザにて第四回総会開催後、
大和ミュージアム設立に尽力された相原謙次氏を講師に記念シンポジウムを開催した。

約四〇名の参加者に対し、貴重な動画・写真を交えた非常に熱のこもったお話と、
横須賀市及び当会への貴重な提言を頂いたので紹介したい。

以下はその講演会の要旨である。


■山本詔一会長挨拶

 「横須賀に軍港資料館を作る市民の会」を立ち上げたのは、大和ミュージアムがきっかけである。
その中心的役割を果たしてこられた相原氏に以前お会いし、非常に熱い方で横須賀にもこういう方が欲しいなと思った。


■相原謙次氏講演

(緒言)

 呉市役所入所後、ずっと大和ミュージアムを作るために過ごした。平成七年四月立ち上げ、平成一七年四月オープン、現在十周年を迎えた。その間、色々な勢力、思いの方がおられて簡単には出来なかった。

(大和ミュージアムのコンセプトと経緯)

 呉海軍工廠では一三三隻の軍艦を製造したが、大和をシンボルとして取り上げた。あそこにアレがあるね、というものがないと人は動かない。大和は当時の技術の粋を集めて作り、最後は沖縄特攻作戦で沈んだという多くの涙のあるストーリーがある。また、その技術が戦後の産業復興に貢献し日本の発展を支えた。
プロジェクトを立ち上げた当時は上司も大反対だった。原爆の被災地である広島県も軍国主義のシンボルを作るのかと反対した。呉から大和を捨てたら何が残るのかと頑張った。結果は十年間で約百万人の入場者があり黒字である。

(戦艦武蔵の発見と洋上慰霊祭)

 本年三月武蔵がマイクロソフトの創業者ポール・アレン氏によってシブヤン海の海底で発見され話題になった。武蔵は大和型戦艦の二番艦として三菱長崎造船所で建造。最終艤装は呉、その後横須賀鎮守府籍に編入された。昭和一九年レイテ沖海戦で沈没した。

 この発見を受けて、本年四月「戦艦武蔵会」主催で、フィリピンで洋上慰霊祭が行われ参加した。全国水交会会長や武蔵の乗組員三名もおられた。慰霊祭で安倍首相の追悼の言葉も読み上げられた。武蔵は横須賀鎮守府籍だったのに横須賀の人は何故参加しないのか。次回はぜひ参加してもらいたい。

(呉の歴史と大和の建造)

 海軍の研究機関の場所選定に当たっては
外国から入りやすい横須賀より、日本の内部にある呉の方が適当と考えられ、明治一九年呉鎮守府工廠の建設が始まった。明治三六年呉海軍工廠誕生。初めて建造された軍艦は鉄製艦の通報艦「宮古」である。日露戦争の際は戦艦三笠の主砲の入れ替えも行っている。

 その後、日本海軍は八八艦隊の計画を立てたが、膨大な維持費が必要であった。ワシントン軍縮条約などが結ばれた事を踏まえて計画を変更した。米海軍の主力艦隊は大西洋にありパナマ運河を通って太平洋に出なければならない事から40㎝砲しか搭載できない。その射程外より攻撃できれば少ない艦船でも対抗できるという考えで、主砲を46㎝砲とする方針を立てた。そして建造したのが大和であり、昭和一六年一二月就役。

(大和の水中探査と模型の作成)

 大和は昭和二〇年四月六日出撃し翌日沈没した。昭和二八年四月戦艦大和会が創設され、その沈没場所の特定に取り組んだ。
 模型の作成に当たっては、設計図面は残っていない。そこで戦艦大和会に依頼して写真を集めた。
米国へ行って空襲時の写真も集めた。しかし水面から下が判らないので、平成一一年TVアサヒの協力を得て、タイタニック号探査で有名な仏深海探査チーム・アクアプラスが水中探査を行った。以上の結果をもとに模型を作成し、大和ミュージアムに展示した。

(提言)

 軍港資料館を作るに当たっては、横須賀のシンボルになるものは何かが重要で、ストーリー性が必要。船では二番艦、三番艦は弱い。考えられる候補に海軍航空機技術があるのではないか。彗星、銀河、震電等。写真、資料など日頃から集めておく事も必要。

 大和ミュージアムは大和一点で成り立っているが、横須賀は空襲も少なく多くが残っており、面で施設を作る色々な作戦ができる。
最近、近代化産業遺産が世界遺産の候補になったが、なぜ横須賀は入っていないのか?歴史を生かした街づくりという観点が必要。この会を生かさない手はない。
自分も横須賀を応援したい。



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